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千石先生の思い出


2022/06/01

連載その3 ラブバードにて

| by 管理者

 『爬虫類のことを知りたいんなら、ゴリスさんの家を訪ねればいいよ。紹介してやるから。この裏に住んでるんだ。知ってるだろ?ゴリスさん』。モモアカヒメハヤブサが交尾をしている金網籠ごしに、店主が上機嫌に語りかける。大袋のビッグベンを小さくしたようなペットショップの店主が、たったいま紹介してくれようとしている御方こそが、本会顧問のゴリス・リチャード博士であるが、家を訪ねればいいと言われてハイそうですかと気安く訪ねていける相手ではない。ゴリス先生に対して『さん』づけもカンに触る。現在では、公私ともに可愛がっていただいているゴリス先生であるが、当時の私はまだ先生と一面識もない。ゴリス先生との直接的な出会いはもう少し先のことである。 足元で、山捕れのフェネックがペッペッペッと猫のような威嚇音を発している。木箱を跨ぎながら、店主に本来の目的をつげる。アルジェリアトカゲの健康体の写真をとらせてもらえませんかね?という私の願いを『ああ ダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメ。ストロボで動物がおどろいて拒食したり繁殖やめたりするから』とニベもなく断る店主は、本来の感じ悪りぃ珍獣屋のおっさんの表情にもどっていた。それにしてもオッサン。いま何回ダメって言った?

後に千石先生から『自然界にはカミナリという現象がある。したがってカメラのストロボは野生動物を著しく驚かせるものではない』と習ったのだが、この時はそんな知識の入手モトである千石先生とも出会っていないので、立て板に水の反論というわけにもいかず、海千山千の店主の繰り出すダメの乱れ撃ちを前にすごすごと引き下がるしかなかった。西表のロビンソンさんのコネもここまで。イリオモテヤマネコを撮影した自慢のペンタックスLXも出番無しである。

『行って参ります』と駆け足で出てきた手前、戦果が得られないまま宇根先生のもとに戻るのは気が重かった。

凹んだ表情を読まれたというわけでもないのだろうが、絶妙のタイミングでジュースと缶コーヒーをもった若者が近寄ってきて『よかったらどうぞ。暖房が暑いでしょ?獣医さんなんですか?』と声をかけてきた。店員による顧客サービスにしては出来すぎだと思ったが、『あらら。お客さんの○○君にそんなことしてもらっちゃって悪いねぇ』という店主の声に、彼はこの店の常連客だと知った。

彼こそが千石先生に『仕事さえ真面目にできる男だったら、いまごろ○○誌の編集長は奴だったはずだ』と言わしめた伝説の爬虫類オタク、通称MⅡ号君である。いま思えば、私が店にはいったとき、店の奥の床におかれた木箱に入れられた大量のニシアフリカトカゲモドキの中から、赤と青のどちらを切るか思案する爆弾処理班のような真剣な眼差しで健康個体を選びぬいていたロンゲの若者が彼だったと思う。2万円なにがしの値段がつけられたニシアフリカトカゲモドキを6匹も購入していたのには驚いた。

ニシアフリカトカゲモドキといえば・・・・学部学生のころ、胡座の子供の国動物園の爬虫類館にイワサキセダカヘビの妊娠個体を届けた際に、『こいつらの和名をつけろって頼まれてるんだよなぁ・・』と大谷勉先生が指差していたのがニシアフリカトカゲモドキであったと思いだした。ほしけりゃあげるよと言われたあのときにもらっておけばよかったのだが、いまのようにCB化が進んでいないワイルドの不健康なニシアフリカトカゲモドキはお世辞に欲しくなるような生き物ではなかったので、丁重に辞退してしまった。ああもったいない。それこそ木箱ごともらってくるべきだった。1匹2万円とは驚いた。 それを6匹も買う子がいることにはもっと驚いたが、一匹100万円のトカゲモドキが売り買いされる時代が来ることを思えば、狂騒前の静けさというべきだろうか。

(つづく)

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筆者注:作品中に登場する人物・店舗はかつて実在しました。店主はすでに鬼籍に入られております。この場をおかりして故人のご冥福をお祈り申し上げます。店主が西表島に旅行に出かけた際、財布をなくしてしまい、それを拾って店主に届けてくれたのが、上原にあるロビンソン小屋の藤田氏(通称ロビンソン)でした。大の動物好きのロビンソンは、奇獣・珍獣を商うペットショップの店主と知り合いになるや、喜び勇んで私に電話をくれて、「いっぺん行ったらいいよ。テツが好きそうな生き物がいっぱいいるから。ロビンソンの知り合いだって言ったらよくしてくれるよ。」と教えてくれました。

ほかに爬虫類ショップにあてのない筆者は、唯一このツテを頼って、この店に相談に行ったわけです。

ゴリス先生とは、このあとしばらくして「最近ペット屋で売られているチンチラという動物たちをなんとかして救いたい」という一念で、飼育マニュアルを作成した際に「入門」が叶いました(本稿は2014年に書かれました。このころごリス先生はまだご存命でした)。

また、胡座の子供の国動物園とは、沖縄本島にある動物園で、当時は結構立派な爬虫類館があり、そこに高田爬虫類研究所沖縄分室という事務所が置かれ、クリーパー誌でおなじみの大谷勉先生が在籍しておられました。個人的には、イリオモテヤマネコのケイタや、マルミミゾウの展示があった点において強烈な印象のある動物園でした。また、本文中に出てくるニシアフリカトカゲモドキもその後、家畜化がすすみ、美しくて可愛いペット爬虫類として不動の地位を築いています。いまだ経済の低迷する2014年の時点で10万円以上する品種が販売されており、MⅡ号君もびっくりしていることでしょう。


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