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千石先生の思い出


2022/07/01

連載その4 野生生物研究センターにて

| by 管理者

縮んだ海馬のせいで記憶が正確ではないが、MⅡ号君が熱く語ってくれた爬虫類ホビイストの存在とその実態を『これはおもしろい』と聞き入ったことは覚えている。私も学部学生の頃からいわゆるエキゾチックアニマルの臨床に興味があったので、爬虫類の治療にも興味があります的な話しを彼にしたと思う。『そういう情報が欲しいなら、いいところ紹介しますよぉ』そういって親切なMⅡ号くんに案内されたのが御茶ノ水から徒歩で500mほど北上したところにある野生生物研究センターであった。現在の自然環境研究センターである。

野生研は、入り口部分が書籍販売スペースになっており、目の前に広がる宝の山には目を見張った。動物の本がいっぱいあるという意味で書泉グランデの自然科学コーナーで十分満足していた私には驚きの光景だった。イソップ橋の横にある動物園協会の事務所の書庫がそのまま本屋になったような光景だ。いちばん目立つところに爬虫両生類飼育図鑑が平積みにされていた。当時、出たばかりの本で、当然のことながら速攻で購入して内容を暗記するほど愛読していた本である。

書籍部の蔵書を夢中で見ていると、『何を探してるんですか?どういう情報が欲しいのか言ってくれたら関連する本を出しますよ』と、けっこう唐突な感じで声を掛けられた。

え・・・・ 振り返るとそこに、わくわく動物ランドの千石先生が立っていた。なんだかキツネにつままれたようが気分だったが、気をとりなおし、自分はかくかくしかじかで、こんな勉強をしたいです・・とお伝えしたところ、『ハイそうですか。それでは・・』とテキヤのおやじふうの演出で手をパンっと打つ千石先生。あれよあれよという間に先生の独演会がはじまった。本棚をじゅんぐりにめぐりながら、先生は素人のための爬虫類学入門講座をおもしろおかしく漫談のように語っていく。  

聴講者は私一人だ。ひとつのお話しがおわると、『・・ハイ。そんなことを知りたいアナタにはこの本がオススメです』とおどけたしぐさで書棚から本を半分引き出し、付箋のように飛び出させたまま次の話題へと移る。講義は分類 飼育 動物園情報 生態 病気といった多岐にわたり、2時間ばかりかけてすべての書棚から莫大な数の書籍や文献がはみ出している画となった。『こんなところかな。あとは自分で選んで好きなの買ってってね。いちおうここ本屋さんなんで。買ってくれないと困るから。』

先生すみません。どれがどの話しの本でしたっけ・・と聞き返すわけにもいかず、書棚から突出した膨大な『見出し』をただただあきれて見つめた。この人の脳みそはいったいどうなっているのだろう。私の海馬は、恥ずかしさでますます萎縮したと思う。

『ちなみに私。これ書いた人ですから』そう言って千石先生は爬虫両生類飼育図鑑を指差した。あ・・はい。もちろん存じ上げております。と答えた私の声は裏返っていたと思う。勢いで買ってしまった2冊目の飼育図鑑以外に、その日、野生研で何を買ったか覚えていないが、その飼育図鑑は西表島にいっしょに通っていた友達にプレゼントしたことを覚えている。

『じゃぁ私、仕事がありますのでこのへんで。それから強制はしませんが、そういうことが好きな人があつまって情報を交換する集会みたいなのがありますからよろしかったらどうぞ。ここに連絡してみてください・・・ それから引き出した本と文献はお手数ですがひっこめといてくださいね』そういって、千石先生は奥の部屋に消えていこうとした。

『あ・・・あの。先生だったら爬虫類を診る獣医さんとお知り合いですよね。もしよかったらそういう獣医さんを紹介していただけますか?』 忙しいからと立ち去る先生に無礼を承知で最後の質問をした。

振り向きざまに千石先生は『オレが知ってる爬虫類を診る獣医は一人だ。しかし、その獣医はオレの蛇を膀胱炎と診断した。 意味・・わかるか?』

 

『蛇に膀胱はねぇ!』

 

いきなりべらんめぇ口調になった先生の目がギロリと光った。

芝居がかったと言えば失礼だが、しばしの間をおいて先生が語りかけてきた。『今後、爬虫類を診る獣医というのも必要になってくるだろう。だったら君がおなりなさい。』そういってくるりと背をむけると先生は仕事にもどっていった。 

『惚れてまうやろ~』と叫ぶべき場面であったが、チャンカワイがまだ10歳くらいの頃の話しである。

                                  (つづく)

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筆者注:『コイツしょってやがんな。』という感想を持たれた読者も多いかと思われます。千石先生のおっしゃられた、『君がおなりなさい』ということばは、たまたま目の前にいた私にむけられはしましたが、スカパラの会員の先生方すべてにむけられたメッセージだと考えていただければよいかと思います。また、千石先生が販売書籍の全てに目を通されており、本を買いに来た多くの客に上記のような解説をなさっていた事実が、爬虫両棲類学会報第2012巻 第2号に書かれています。


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